若狭・高浜町に伝わる民話「和田の水田」に纏わる一人の乳母のお話

アイキャッチ

 

 

民家の密集する若狭和田集落

その水田に纏わる一人の乳母のお話

 

 

集落

 

 

若狭・高浜町・和田地区は

(福井県大飯郡高浜町和田)

日本海沿い若狭湾国定公園の

中央付近、周囲を海と山に囲まれた

小さな街でございます。

 

昔ながらの

漁村風景を残す

町並みになります。

 

 

和田map

 

 

日本海若狭湾の海の幸と共に

山の幸も美味しい地域です。

 

 

海と山の自然の中で

のんびりと過ごせますよ。

 

 

和田海

 

 

そんな若狭・和田地区には

色んな伝説・民話がございます。

 

 

今回は、その内の一つ

「和田の水田」に纏わる

お話をご紹介させて頂きます。

 


和田の水田

 

 

[若狭・高浜町に伝わる民話]

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

和田の水田に纏わる一人の乳母のお話

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

和田の水田地帯は

かつて沼だったという。

 

 

江戸時代初期

沼を埋め立て

豊かな耕地をつくったのは

一人の乳母だった。

 

その乳母は

和田村の出で

小浜藩主酒井忠直に

(さかいただなお)

仕えていた。

 

実に忠誠よく奉公したため

大変喜ばれていたそうだ。

 

 

小浜藩

 

 

ある日

 

 

「ほうびをとらすから

何なりといってみよ」

 

 

そう藩主より申し渡された。

 

 

乳母は少し考えてから静かに

けれどはっきりといった。

 

 

「私の郷里は

深毛(ふげ)という場所が

一大沼地となっており

昔から耕地が少のうございます。

 

この沼地を埋め立て

耕地にしてくだざいましたら

村は必ずや

繁栄することでございましょう。

 

私のほうびごときは

望むところではございません。

 

どうか、この埋め立てを

お願いいたします」

 

 

その故郷を思う気持ちに

感心した忠直は

すぐさま各村から人夫を集め

この大事業を始めた。

 

 

埋め立て用の土には

月見山(つきみやま)の土が

多く使われたという。

 

 

若狭の山の土

 

 

やがて沼は消え

そこには立派な水田が現われた。

 

 

乳母はほは笑みながら

いつまでもいつまでも

水田をながめていた。

 

 

 水田

 

 

 

PS

 

こちら「和田」の地名は

かつて、海を『わた』と

呼んだコトに由来する

と言われております。

 

 

ちなみに・・・

~~~~~~~~~~~~~

わたつみ(わだつみ)は

海の神様として有名ですが

「わた」は古い言葉で『海』

「つ」は『の』

「み」は『神』を表す

~~~~~~~~~~~~~

・・・との事デス。

 

 

和田の海

 

 

(写真はGoogle画像検索より)

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