陰陽師「安倍晴明」が訪れて腰を掛けた◆晴明石(せいめいいし)◆北陸福井県は若狭和田地区

晴明

 

 

北陸福井県の

若狭和田には

雄大な自然と

そこに暮らす人達や

昔ながらの

漁村風景を残す

町並みが

ございます。

 

 

和田の町並

 

 

こちらは

海と山に囲まれた

自然の中で

のんびりと出来る

トコロです。

(#^.^#)

 

 

和田海

 

 

名所は

「青葉山」です。

 

 

美しい山容が

富士山に良く似ており

『若狭富士』とも

呼ばれる秀峰です。

 

 

若狭富士

 

 

火山活動によって

出来た山で

標高は693m。

 

 

 そして、昔ながらの

漁村風景を残す

和田の町並みは

細い路地や

古い白壁が

歩いているだけで

ノスタルジックな気分に

させてくれます。

 

 

和田集落

 

 

今回は、そんな

北陸福井県は

若狭和田地区に伝わる

安倍清明のお話を

させて頂きます。

 

 

 

 [和田村の晴明石(せいめいいし)]

 

 

 

~~~~~~~

「恋しくば

尋ねてきてみよ

泉なる

信太の森の

うらみ葛の葉」

~~~~~~~

 

 

母キツネが

小さな子をおいて

去っていった時に

障子に

書き残したのが

この一首です。

 

 

キツネ 

 

 

突然

姿を消してしまった

母を求めて

泣き叫んだ子供が

大きくなって

 

『安倍晴明(あべのせいめい)』

 

と呼ばれる

偉い人になったという事が

浄瑠璃(じょうるり)や

民話として

今に伝えられております。

 

 

安倍晴明は

平安中期の

陰陽家(いんようか)という

今でいうトコロの

天文学老

だったそうです。

 

陰陽(いんよう)や

推算(すいさん)の

術を学び

精霊(せいれい)も

使って

天文を解き

世の事変を予見した

と言われております。

 

現在も

わが国の天文学

暦学(れきがく)の祖

として知られる

立派な人物

みたいですよ。

 

 

安倍晴明

 

 

この安倍晴明が

全国を巡る旅に

出かけたおりに

若狭の和田村に

立ち寄りました。

 

 

歩き疲れた安倍晴明は

道端にあった石に腰を掛けて

いっぷくしておりました。

 

 

通りがかりの

村人が

たずねました。

 

 

「遠くから

お見えの様ですが

何をなさって

おられる方ですか?」

 

 

「私は陰陽を

学ぶもので

阿倍晴明と

名乗るもの。」

 

 

後に、村人が

学のある人に

その事を話した所

安倍晴明が

実は暦学に通じた

大変立派な

人物である事が

分かったのでした。

 

 

 

それから

村の人たちは

晴明が

腰をおろした石を

 

『晴明石(せいめいいし)』

 

と言い伝える様に

なったそうです。

 

 

現在は田淵家さんの

玄関前に

置かれているとの事。

m(__)m

 

 

晴明

 

 

PS~

 

日本の家紋

「安倍清明判紋」

の一種である

安倍清明判は

五芒星とも呼び

ペンタグランマと

同様に

魔よけの意味を

持つそうです。

 

 

晴明紋

 

 

こちらは土岐氏の

血縁の一族において

桔梗紋の代用としても

用いられ

「清明桔梗」とも

呼ばれている

みたいですよ。

 

 

 

★ちなみに、こちらは

映画・陰陽師

ダイジェスト動画(1:44)☟

 

 

 

★更に、こちらは

歴史ミステリー安倍清明

動画(15:57)☟

 

 

 

★最後に、こちらは

山手線と陰陽師の深い関係

動画(2:38)☟

 

 

 

最後まで見て頂き

ありがとうございました。

<m(__)m>

 

 

 

(写真はGoogle画像検索より)

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